色々違う日本と世界の高速道路について解説していきます。
今回は日本と世界の高速道路の歴史とスピードの2点について詳しく見ていきたいと思います。
世界の高速道路の歴史!
世界初の高速道路ができた国は、意外とドイツではなくイタリアなのです。
1925年、ムッソリーニが、リゾート地である湖水地方とミラノを結ぶ有料高速道路を開通させたのが、起源とされています。
日本はこの頃、大正時代で普通選挙法が公布された年になります。
その後、1935年までに約500kmもの路線を開通させました。
この距離は大体、大阪から東京ぐらまでの距離です。
「全ての道はローマに通ず」なんていうことわざがあるようにローマ帝国時代から「道」に対して非常に力を入れてきた国なので、そういった整備を怠らない土壌があったのでしょう。
ドイツは1928年ごろから、本格的な高速道路が作られ始めました。
その後1929年の世界恐慌に伴う景気対策として、当時国家元首であったヒトラーの指示のもと、現在でも世界に名だたるアウトバーンの建設が始まります。
より多くの雇用が生まれるように工夫するなど、経済対策を念頭に置いた対策でした。
道路自体も単純に直線重視のルートを取るのではなく、風景と調和するような橋梁や高架の建設、さらには長距離運転を考慮して、休憩所を一定間隔で設置するなど、現代の道路に全く劣らないような、非常に先進的なつくりをしていました。
当時の写真ですが、有事の際には、ここを滑走路として利用できる設計だったようです。
実際、第二次世界大戦中には、アウトバーンを滑走路として利用したようです。
因みに、そのような有事の際には道路を滑走路として利用できるようにしている道はドイツだけでなく世界中にあるみたいです。
アメリカは1900年代初頭から、高速道路のような道路はあったのですが、現在のような「州間高速道路」が整備されたのは、1950年代後半からになります。
意外と整備されたのは遅いのですが、基本無料の高速道路を広いアメリカ全土に張り巡らせたのは、さすが経済力のあるアメリカですね。
このように州間高速道路を整備するきっかけになったのは、当時大統領だったアイゼンハワーの判断によるもので、ドイツに視察に行ったときに、アウトバーンのクオリティの高さから、アメリカにも作りたいと思ったみたいです。
当時は、車でアメリカを横断するのに、約2ヵ月程掛かっていたそうですから、非常に有意義な政策であったと思います。
日本の高速道路の歴史!
そして諸外国から遅れる事、数十年後に日本もようやく道路整備に力を入れ始めます。
実は戦前から、日本でもアウトバーンのような高速道路を造ろうという構想自体はあったようです。
当時は「弾丸道路」と呼ばれていました。
現在の東海道新幹線の原型である「弾丸列車」から、その名が取られたようです。
北は樺太の国境付近から、
稚内、札幌、函館を通り本州では青森から下関へ、それぞれ太平洋側と日本海側を通って、最終的には長崎に繋がる計画だったようです。
軍事的な用地を通る道路ルートのような感じです。
結果として、計画は戦局の悪化で中止とされ日本初のハイウェイは、1963年開通の名神高速道路となりました。
なぜ最初の高速道路が首都である東京からじゃなくて、名古屋と神戸を結ぶ路線だったのかというと、単純にルートで揉めていて決着がつかなかったからです。
地図で青く線を引いた現在の東名ルートか、オレンジの線を引いた現在の中央道ルートか、元々はどちらかのルート一本のみを建設する計画だったのですが、双方とも主張を全く譲らず、最終的には両方のルートを建設するという事になります。
因みに、この時の中央道のルートは、
- 東京
- 富士吉田
- 富士川
- 飯田
- 中津川
- 小牧
といったルートで、南アルプスをトンネルで開通させる気だったようです。
現在建設中の「リニア新幹線」が同じようなルートなのですが、南アルプスのトンネルは難工事となっているようです。
現代の技術で難工事なら、50年前だと相当だったでしょうね。(笑)
因みに、中央道の大月から河口湖を結ぶ富士吉田線は、そういった計画の名残です。
こういった経緯から先が見通せない東京名古屋間のルートをとりあえず置いておき、先に着工されたのが「名神高速道路」というわけです。
日本の高速道路の最高速度はクソ!
日本は今でも「道路後進国」と揶揄されることがあるのですが、実際に名神高速が着工されたころの日本の道路は、国道なのにろくに舗装もされていない、「酷道」状態の道ばかりだったようです。
現在では、道路はたくさんできたのですが、
- 厳しすぎる速度制限
- 高速道路なのに一車線
- 無駄に多い信号
などの要因で日本の道路はショボいと言われてしまう事も、少なくないのが事実です。
歴史を見てきても、日本は道路整備にそれほど強くは力を入れてこなかったですし、地形的にも山が多いので、仕方がないところはあるんですが、高速道路の暫定一車線とかはなんとかしてほしいですね。
速度制限
厳しすぎる速度制限について触れていきたいと思います。
最近ようやく120キロに改善しましたが、最近まで日本の高速道路の最高速度は、100キロメートル毎時でした。
2017年に、
- 新東名高速道路の森掛川~新静岡インターチェンジ間
- 東北自動車道の盛岡南~花巻南インターチェンジ間
で、制限速度を110キロメートル毎時に、引き上げる試行を始めました。
結果として問題がなかったことから、2019年には目標であった120キロメートル毎時まで、最高速度が引き上げられています。
1963年に名神高速道路が開通して以来、非常に画期的な事ではあったのですが、残念ながら現段階では、他のエリアの最高速度を見直すという話は浮上していません。
諸外国と比較してみても、120キロから130キロの制限速度が一般的で、日本もようやく見直されたところですが、ほとんどのエリアでは未だに最高速度100キロ、また80キロや70キロに制限されているところも少なくはないです。
残念ながら制限速度をまもっていないドライバーが多いのも事実です。
実は最高速度120キロとして、設計されている高速道路は意外と存在するのです。
- 道央道:登別室蘭~札幌南、札幌~岩見沢
- 東北道:平泉前沢~盛岡南、浦和料金所~佐野藤岡
- 常盤堂:三郷料金所~日立南太田
- 関越道:川越~渋川伊香保
- 東関東道:千葉北~佐原香取
- 新空港道:成田JCT~新空港
- 中央道:三鷹料金所~八王子
- 東名高速:横浜町田~秦野中井、岡崎~小牧
- 名神高速:小牧~養老、彦根~蒲生、栗東~大津
- 北陸道:木之本~長浜
- 九州道:大宰府~久留米
東名や名神も120キロ設計なんです。
利用者が多かったりカーブが多い区間もあるので、一概には言えないですが、これらの区間の120キロ制限化も検討が進めば、オービス手前で減速したりして起こる、変な渋滞も減るのではないでしょうか。
まとめ
日本はなかなか「やってみよう!」という文化ではないので、時間は掛かるかもしれませんが、120キロ制限化が始まったって事は、期待していてもいいかもしれません。
近い将来、120キロ区間が増えるかもしれませんね。
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